コンピューターゲームで対戦する「eスポーツ」の人気が拡大、若者だけでなく、高齢者にも体験会などで楽しむ動きが広がってきた。自治体はシニア向け競技会を開催し、企業もカルチャースクールの新講座として計画、高齢者のプロチームをつくる動きもある。
コロナ禍で高齢者の孤立や心身の機能低下が懸念される中、ゲームを通じた交流や、認知症予防などの脳トレ効果が期待されている。有力なターゲットは、かつてインベーダーゲームに熱中した世代。進化した対戦ゲームは「元祖ゲーマー」の心に再び火を付けるか。
▽新手の習い事
「落ちてきたブロックを四つ並べて消します」
「消えたやつはどこに行くの?」
6月中旬、岐阜市内のカルチャースクールで開かれたeスポーツの高齢者向け体験講座。セガの人気ゲーム「ぷよぷよeスポーツ」の遊び方を、講師の児玉卓弘(こだま・たかひろ)さん(35)が手取り足取り教えていた。
1回90分の講座は盛りだくさんだ。健康機器などを扱う「ファイティンショップ」の店長でもある児玉さんが、ゲームの脳トレ効果を解説し、準備体操、操作方法の説明の後、プレイを始める。レベルは初心者向けの「激甘」に設定しているが、参加者は初めて触るコントローラーに四苦八苦。同市内の70代男性は「インベーダーゲームなら分かるんだがな」とつぶやいた。
タイトーがインベーダーゲームを発売したのは1978年。社会現象を巻き起こす大ヒットとなったが、当時熱中した学生やサラリーマンも今や60~70代。長らくゲームから遠ざかった人も多い。
体験講座では、児玉さんが、固い表情の男性を「だんだん形になってきましたね!」と励ます。男性も次第に、隣に座る友人とのプレイに熱中し始め、いつしか満面の笑みに。対戦は負けたが「あんたもうまいなー」と歓声を上げた。
児玉さんは「介護施設でも認知症予防のため指先の運動が行われており、コントローラーの操作は同様の効果が期待できる。デジタル機器に親しむ、友人との交流につながるといった利点を体感してもらいたい」と話す。このカルチャースクールでは、今後も体験会を開催し、新手の習い事として講座に加える予定だ。
▽マタギスナイパーズ
秋田県では、65歳以上に限定したeスポーツのプロチームをつくる動きが出てきた。その名も「マタギスナイパーズ」。集団で狩猟する「マタギ」とスナイパー(狙撃手)を掛け合わせたチーム名だ。
地元のIT関連企業「エスツー」が、県内在住者に参加を呼びかけた。秋田市の「eスポーツトレーニングセンター」で月数回、若手チームと練習し、賞金がかかる大会への出場を目指す。
高齢化率が日本一の秋田県で、世代間交流につなげる目的もある。コロナ問題で家族の帰省がままならない中、オンラインゲームは、離れて暮らす子どもや孫と楽しく交流するツールにもなる。
埼玉県では、2018年に発足した「さいたま市民シルバーeスポーツ協会」のメンバーが毎月、市民施設でプレイしている。中心は60~80代で、カーレースやシューティングゲームを楽しむ。「この世代は、囲碁やゲートボールよりゲームのほうが親しみがある」と事務局の担当者。
神戸市でも昨年、60歳以上限定のeスポーツ民間施設「ISR eスポーツ」がオープン。参加者同士の交流に加え、インターネットに親しんでもらう狙いだ。
▽講師のスキルが鍵
学術的な研究も進んでいる。公立諏訪東京理科大学(長野県茅野市)の篠原菊紀(しのはら・きくのり)教授は昨年、ゲーム中の脳の活動を調べる実験を行った。学生の頭に脳波計を取り付け、プレイ中の脳の活動を計測。短期記憶を司る「前頭前野」や、空間的な位置関係を把握する「頭頂連合野」が活性化し、記憶力や集中力、注意力が向上していることを確認した。1人でプレイするよりも2人で対戦した方が、脳はより活発になったという。
篠原教授は「認知症予防は、本人にやる気がなければ効果がない。eスポーツの楽しさを感じつつ体を動かすことでスキルが身に付き、予防効果もあがる」と説明する。
課題は、初めての高齢者も楽しめる簡単なゲームソフトがまだ少ないこと。「ゲームは不健康」というイメージを変えることや、面白さを上手に伝える講師のスキルも必要だ。篠原教授も「コーチングが重要。禁止型の命令はせず、できている所を発見して、やる気をサポートしていくことが必要だ」と話している。